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東京高等裁判所 昭和34年(う)2157号 判決

被告人 十二村吉辰 外一名

〔抄 録〕

弁護人の所論は、要するに、原判決に事実誤認ありと主張するものである。

原判決が、事実摘示の項において、それぞれ、第一、被告人両名の身分並びに地位等について、第二、輸入粗糖の実需者割当制度と売買差益金について、第三、昭和三十年五月割当のペルー産粗糖及び同年九月割当の濠洲産粗糖に関する差益金について、という標題の下に判示する事実は、それぞれ、原判決の挙示する対応証拠によつて認め得るところである。右事実を要約すると、被告人十二村は日本炭鉱労働組合(以下炭労という)の厚生部長として昭和二十九年六月頃から判示炭鉱生活協同組合中央連合会(以下炭協連という)準備会の運営に関与し、昭和三十年二月右炭協連が正式に設立されるやその専務理事として、会長を補佐して炭協連の業務を執行し、会長に事故あるときこれに代る地位にあつたが、判示のような事情で、事実上炭協連の一切の業務を専決執行し、契約締結等の場合にも、会長の記名、印章を使用することを任せられていたもの、被告人村上はかつて判示炭労中央執行委員、財政部長の地位にあり、その在任中被告人十二村と相知り、昭和二十九年五月炭労役員を辞任した後、被告人十二村の紹介で知り合つた角谷秀次郎と協力して労働福祉研究所を開設し、砂糖売買の斡旋等を行つていたが、昭和三十年四月頃から右角谷と別れ、同年十一月五日判示大晃物産株式会社を設立してその取締役社長となつたものであるところ、判示のような経緯で、昭和二十九年三月頃輸入粗糖のいわゆる実需者割当制度が実施せられ、他面、昭和三十年五月以降輸入粗糖の売買差益金を国庫に帰属させるための立法的及び行政的措置が試みられたが、法案の審議未了、政府による国内糖価引下げのための行政措置の成功、改正関税法の施行等により、結局、行政措置により国庫に納入させることとなつていた昭和三十年五月割当のペルー産粗糖及び同年九月割当の濠洲産粗糖に関する売買差益金は各業者或いは実需者団体から徴収されないこととなり、また、昭和三十一年三月三十一日限り売買差益金制度自体が廃止されたというのである。

そして原判決判示第四の(一)及び(二)、同第五の(一)及び(二)の各事実に対応する証拠を総合考察すると、昭和三十五年五月判示炭協連に割当てられたペルー産粗糖五百屯につき同年七月五日炭協連と東邦物産株式会社(以下東邦物産と略称する)及び株式会社井筒商会(以下井筒商会と略称する)この間、並びに同月二十一日井筒商会と宮本製糖株式会社(以下宮本製糖と略称する)との間に、それぞれ判示のような売買契約が成立し、炭協連の井筒商会に対する売渡価格の斤当り三十六円五十銭と、炭協連の東邦物産からの買取価格斤当り二十七円五十銭との差額、斤当り九円、五百屯に対する総額七百十二万四千六百八十八円に相当する金員は、判示のような経緯で、将来政府に納入すべき差益金に充てるため井筒商会において保管し、さらに、同年九月炭協連に割当てられた濠洲産粗糖五百六十屯(但し内六十屯は全国金属労働組合―以下金属と略称する―の分で、便宜上これを含めて炭協連に割当てられたものである)につき、炭協連と野崎産業株式会社(以下野崎産業と略称する)及び井筒商会との間、並びに井筒商会と東洋精糖株式会社(以下東洋精糖と略称する)及び九州製糖株式会社(以下九州製糖と略称する)との間にそれぞれ判示のような売買契約が成立し、炭協連の井筒商会に対する売渡価格斤当り三十六円二十五銭(当初は三十六円五十銭であつたが、後に二十五銭値引)と、炭協連の野崎産業からの買収価格斤当り三十三円八十銭との差額、斤当り二円四十五銭、総額二百十八万八千七百八十四円(当初総量は五百六十屯ということであつたが実貫の結果五百三十六屯強となり、その割合で計算した)に相当する金員は、判示のような経緯で、将来政府に納入すべき差益金に充てるため井筒商会において保管したことを認め得るのである。

しかし被告人十二村は、原審第二十二回及び第二十六回公判期日において、同被告人は、昭和三十年三、四月頃被告人村上から、同年二月発足した炭協連において輸入粗糖の実需者割当を受け、山元の傘下組合に安価で精白糖を出荷配給すべきことを勧められ、当初は右申出に応ずることを渋つていたが、結局、炭協連の設立趣旨及び山元各組合の要望にもかんがみ、これを受諾するに至つたが、ただ被告人十二村としては、発足早々の炭協連が資金も乏しい経営の実情にあること及び砂糖相場が変動常なく商売に不馴れな自己が直接その取引に介入することは危険であることを配慮し、被告人村上に対し(一)炭協連から傘下組合に対し市価より安い精白糖を配給することを主眼とすること、(二)炭協連にはこの配給に必要な資金がないから、資金の調達及び山元傘下組合えの出荷は被告人村上が責任をもつて操作すること、(三)炭協連は砂糖取引により利得する意思もないが、炭協連には絶対に損をかけないこと、という三原則を提示し被告人村上が右三原則を守ることを条件として、一切の操作を同被告人に一任した旨供述し、被告人村上も、原審第二十三回公判期日において、右被告人十二村の供述を肯定する供述をしており、井筒商会取締役棚橋武郎も、原審第八回及び第十四回公判期日並びに当審において証人として本件ペルー糖の取引については最初より炭協連においてはその実需者割当を受けた砂糖はその傘下の山元組合に精白糖として送つて欲しいとの話をしていた、ただ、現実に何処えいくら送つてくれとの話は昭和三十年九月頃からである旨証言しているのであり、右棚橋武郎の検察官に対する昭和三十一年八月十一日附供述調書によれば、本件ペルー糖の話の出た頃被告人村上から炭協連が山元に砂糖を配給するとしたら、粗糖を精糖会社に委託して精白糖に加工した方が有利か、粗糖を売り払つて市場から精白糖を買い上げ配給した方が有利かとの質問が出て、私は日本ではメーカーが粗糖入手に狂奔し高価で売れるから、粗糖を売つて別に精白糖を買込んで山元に配給した方が有利であると答えた旨供述しているし、また現に井筒商会は、被告人村上及び炭協連の指示に従い、ペルー糖については昭和三十年九月より同年十二月までの間に約二百五十数屯を、濠洲糖については同三十一年一月より同年三月末までの間に約百六十屯を炭協連傘下の各組合にそれぞれ時価より安い価格で配給していることは原審及び当審における被告人十二村の供述及び証人棚橋武郎の証言並びに押収にかかる炭協連事務局発傘下組合に対する砂糖の山元配給に関する通達文書類(昭和三四年押第八五五号の七三)に徴し明らかである。してみれば、被告人十二村としては、本件ペルー糖及び濠洲糖を井筒商会に売り渡したのは、被告人村上をして井筒商会の資金信用を利用して、資金信用に乏しい炭協連のために、その本来の目的に従い傘下組合に低廉な砂糖を配給させようと意図したものというべきである。そして当時炭協連は発足したばかりであつて、自ら割当を受けた粗糖を輸入業者より買い取り、これを精糖業者に委託し精白糖に加工して、山元組合に配給するに必要な資金のなかつたことは前記のとおりであつて、被告人十二村は前記三原則を条件として被告人村上に割当を受けた粗糖の買収、転売、山元えの精白糖の配給方を一任し、ただ炭協連準備会当時井筒商会を利用してキユーバ産粗糖の買取、転売をした経験から、この度も井筒商会を利用することを示唆したので、被告人村上は井筒商会の資金信用を利用して右委託の任務を遂行しようとし、井筒商会との交渉も、契約書の作成等のほかは、殆んど同被告人において行つて来たものであることは、被告人村上の原審及び当審における供述、証人棚橋武郎の原審及び当審における証言、同人の検察官に対する各供述調書に徴し明らかである。従つて被告人十二村としては、被告人村上及び棚橋の手で右粗糖が如何に転売されようと深い関心はなく、井筒商会より本件ペルー糖が宮本製糖に売られたことも、本件濠洲糖が九州製糖及び東洋精糖に売られたことも、従つてそれらの売買価格も、同被告人においてこれを知らなかつたことは、同被告人の原審第二十二回及び第二十六回公判期日並びに当審における各供述及び被告人村上の原審並に当審における供述証人棚橋武郎の原審及び当審における証言により認められるところである。

以上のごとく、被告人十二村は、炭協連としては山元に市価より安く砂糖を配給することができ、また、炭協連に損失さえ加えることがなければ、利得する必要なしと考えており、その旨を被告人村上に告げて、本件砂糖の操作を一任したものであり、一面、被告人十二村は、本件差益金は、ペルー糖の分も濠洲糖の分も、当然政府に徴収されるものと予想して、炭協連の買取価格に差益金に相当する金額を加えた価格で、本件各粗糖を井筒商会に売つたものであり且つ砂糖の市場価格は変動のはげしいものであつたから、市価より安く精白糖を山元に配給することを引き受ける井筒商会としても利益のみはなく損失を招くことも考えられるので、被告人十二村は同村上に対し右差益金の徴収される場合には、井筒商会において必ず炭協連のため、ペルー糖については東邦物産に、濠洲糖については野崎産業に、これを支払う義務を負うとともに、もし右差益金が徴収されないことに決した場合には、炭協連としては強いてこれが返還を求めないとの了解の下に、前記のように本件砂糖の操作を一任し、被告人村上もこれを了して右委託を受けたものと解せられ、このことは、被告人十二村、同村上の原審及び当審における各供述並びに被告人十二村の検察官に対する各供述調書によつて窺い得るところである。そして従来専ら労働組合の役員として商取引に通ぜずひたすら炭協連に損失を加えることなく山元に安い砂糖を配給することを念願していた被告人十二村は、当初より右差益金は炭協連には無いものとして本件砂糖の操作を被告人村上に一任したものと解するのを相当とする。しかも、証人棚橋武郎の原審及び当審における各証言、同人の検察官に対する昭和三十一年八月十八日附供述調書、被告人村上の原審及び当審における各供述、同被告人の検察官に対する同年八月十六日附(十七項までのもの)同年同月十九日附(十一項までのもの)各供述調書、並びに押収にかかる昭和三十年七月八日附炭協連、井筒商会間契約書(前同押号の六七)によれば、昭和三十年九月中旬頃被告人十二村は同村上に対し強く山元出荷を要請したので、当時、同年八月末頃入港を予定されていた本件ペルー糖を積載したヴイーナス号が事故のため入港がおくれ(ヴイーナス号は同年十月十五日頃芝浦に入港した)そのことも因となつて市場の在庫品が不足し、砂糖相場が著しく高騰し、斤当り八十円を、相当上廻る勢を示していたのであるが、被告人村上は棚橋と協議の上、とりあえずその頃暫定措置として、同被告人の努力により九州製糖からすでに炭協連に次期割当の内定していた濠洲糖の一部を売り渡すことを条件として入手することに成功した精白糖十五屯を含め、五十屯を山元着荷値段斤当り七十六円で井筒商会において山元出荷することを取り決め、さらに、同月二十日頃炭協連、井筒商会間に前者が後者に粗糖五百屯を輸入港指定倉庫置場渡保税斤当り三十六円五十銭で売り渡す代りに、後者は前者に精白糖五百屯(但し歩留り九十三パーセントとして計算する)を斤当り七十六円で九月より十二月までの期間順次荷渡しする旨の正式契約が成立し、契約成立年月日を遡らせ、同年七月八日附契約書(前同押号の六七)が作成され、その頃被告人十二村は井筒商会に保管中の前記差益金の権利は同商会の自由にまかす旨被告人村上に約束した事実、右契約書に基き、同年十月上旬より十二月までの間に合計約二百五十数屯の精白糖が井筒商会の手でそれぞれその当時の市価より安い価格で山元組合に出荷された事実及び濠洲糖については、被告人村上は、同年九月中同十二村より全金属分を含め五百六十屯につき、ペルー糖の場合とほぼ同様の条件で、その処分及びこれを代償とする山元出荷を一任され、同時に全国学校生活協同組合連合会(以下全学協連と略称する)専務理事川崎種三郎からも全金属分を含め五百六十屯の処理を一任されたのであるが、この場合は、同年九月下旬より十月初旬にかけ砂糖相場が暴騰の趨勢にあつたので、棚橋と協議の上、輸入取扱業者からこれを買い取る前に、同年九日末頃九州製糖に対し百二十屯を斤当り四十五円で、同年十月五日頃東洋精糖に対し千屯を斤当り四十七円(内一円は井筒商会が東洲精糖からもらう取扱口銭)で売り渡す旨の先物取引の口頭の約定をなし、(前記のようにペルー糖に関連する山元配給用の精白糖十五屯を入手することを条件として九州製糖との約定が成立した)同年十一月中旬頃契約書が作成されたのであるが、他面、炭協連及び全学協連においては、同月十一日野崎産業から各別に右粗糖各五百六十屯宛を斤当り三十三円八十銭で買い取り、炭協連はこの場合もペルー糖の場合と同様、井筒商会の資金信用を利用するため、同日野崎産業よりの買収価格に差益金に相当する斤当り二円四十五銭を加えた斤当り三十六円二十五銭で右五百六十屯を井筒商会に売り渡す契約をし、その際炭協連、井筒商会間には、昭和三十一年一月より同年五月までの期間に精白糖五百二十屯を山元出荷する旨の約定があり、右約定に従い井筒商会は同年一月より三月までの間に合計約百六十屯をその当時の市価より安く順次山元に出荷した事実を認めることができる。(他方全学協連も、炭協連と同様、野崎産業より買い受けた粗糖五百六十屯を井筒商会に斤当り三十六円二十五銭で売り渡したが、井筒商会との間には、加盟組合に精白糖を出荷する具体的計画はなく、ただ、契約面に出荷の約定はなされていたものの、現実に井筒商会に対し傘下組合えの出荷を要求したこともなく、差益金を政府に徴収されれば、全学協連には利益はないつもりで井筒商会に売り渡したものである。この事実は証人川崎種三郎及証人棚橋武郎の原審及び当審における各証言により明らかである)。

してみれば、炭協連は、実需者割当として粗糖の割当を受けただけで、一文の出資もすることなく、前記のように市場より安い価格で傘下組合に対する砂糖の配給を実行し得たものであつて、成る程割当を受けた粗糖全量に相当する精白糖(歩留り粗糖の九三パーセント)全部の山元配給はしていないが、これは、配給中に精白糖の市価が下落し山元組合より出荷の請求がなくなつたこと、または次期の割当粗糖による山元配給に振りかえたことによるものであり、右山元配給を打ち切つたことに対しては、ペルー糖については金八十万円、濠洲糖については金百六十万円を、被告人十二村において同村上を介し、炭協連のため井筒商会より受取り、炭協連に入金されていることは、被告人十二村、同村上及び証人棚橋武郎の原審及び当審における各供述乃至証言により認め得るところである。しかも被告人十二村は同被告人のいわゆる前記三原則の実現こそが炭協連の総会及び理事会の決定した方針であり、自己に委託された任務に忠実である所以であると信じていたこと、及び同被告人は右総会及び理事会において精白糖山元配給の計画を報告し、さらに、差益金が徴収されないことになれば一層安く砂糖配給が可能の見込であると報告し、その承認を受け、且つ事後において本件差益金につき同被告人が執つた措置が総会及び理事会によつて承認されていることは、同被告人の原審及び当審における各供述、並びに原審証人下見弘法、同藤井拡の各証言、同管野義正、同小野敏一の各証人尋問調書によつて認め得るところであるから、被告人十二村が、原判決判示のように、被告人村上のペルー糖差益金に相当する金額を井筒商会により受領取得することを容認し、また濠洲糖差益金に相当する金額を井筒商会に贈与したとしても、被告人十二村は自己の行為が原判決判示のごとき任務に背くものとの認識があつたものとはいえない。ただ、同被告人が昭和三十年十二月中火災のため借家を焼け出され、住居入手に困つていた際、被告人村上の尽力により新らしい借家に住むこととなつたこと、数カ月間右借家の家賃を支払わないにかかわらず、支払つたように領収証に家主の受領印をもらつていたことが原審証人清水虎雄の証言等により認め得るのであつて右事実は一応被告人十二村が任務に背き自己の利益を図るため、被告人村上に特別の恩恵を与えたのではないかとの疑念を抱かしめるものであるが、記録に現われた全証拠をもつてしても、被告人十二村が同村上から借家について世話になつたので、これに酬いるため前記のような本件差益金の処置に出て、被告人村上の利益を図つたものであることを確認することはできない。また被告人両名及び棚橋武郎において後日昭和三十一年五月に至り、本件取引に関する契約書等を書きかえた事実が存するのであるが、これまた炭協連と井筒商会との本件砂糖の取引を行うに至つた経過及び炭労の定期総会に報告する資料を整備する必要によるものである旨の被告人両名の当審における各供述等に徴すれば、未だもつて必ずしも犯跡を隠秘するためになされたものということはできない。してみれば、被告人十二村が同村上若しくは井筒商会の利益を図り、または炭協連に損害を加える目的で、その任務に背く行為をするとの認識の下に、本件行為をなしたものとは認め難く、他にこれを認めるに足る証拠は見出し得ない。そして被告人村上は被告人十二村の炭協連専務理事としての背任行為に共謀乃至加工したものとして訴追され、有罪を言い渡されたものであるところ、被告人村上は、同十二村がその任務に背いた行為をしているとの認識を有した事実を認めるに足る証拠もないのであるから、同被告人には被告人十二村の背任罪の共犯は成立しない。しかるに原判決が被告人両名に背任罪の共犯の罪責ありとしたのは事実の認定を誤つたことによるものであり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、各論旨は結局理由があり、原判決は到底破棄を免れない。

よつて、爾余の各論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において次のように判決する。

本件公訴事実は、被告人十二村は炭鉱生活協同組合中央連合会の専務理事として会員たる炭鉱生活協同組合のための物資の購入及び供給等右連合会の事務一切を統轄処理していたものであり、被告人村上は右連合会が会員に供給する物資の斡旋をしていたものであるが、

第一、被告人十二村は昭和三十年五月食糧庁より同連合会に対し実需者向輸入粗糖の割当を受け、同年七月五日東邦物産株式会社よりペルー産粗糖五百屯を斤当り二十七円五十銭で買受け、その頃被告人村上を介してこれを株式会社井筒商会に斤当り三十六円五十銭で売渡し、右売買価格の差額七百十二万四千六百八十八円は当時政府が徴収することを予定していた輸入粗糖の売買差益金の納付にあてるため右井筒商会に寄託していたが、被告人十二村は前記連合会の業務を善良な管理者として誠実に遂行する義務があり右寄託金についても若し差益金が徴収されないこととなればその返還を受け前記連合会のために保管、使用すべき任務があり、被告人村上もこれを知悉しているに拘らず、被告人両名は同年十一月前記粗糖につき差益金の徴収が行われないことを予知するや、共謀の上、被告人村上の利益を図る目的をもつて、被告人十二村は自己の任務に背き、被告人村上が前記寄託金を領得することを容認し、被告人村上は被告人十二村の容認の下に、同年七月頃より十月頃までの間に東京都中央区日本橋小網町二丁目六番地所在の前記井筒商会において同商会より前記連合会に対する粗糖取引の利益前渡として既に受領していた百六十一万五千九百七十円を右寄託金に繰り入れてこれを領得するとともに、同年十一月より同年十二月頃までの間に前記井筒商会において同商会より前記寄託金残額五百五十万八千七百十八円を受領して領得し、もつて前記連合会に対し七百十二万四千六百八十八円相当の損害を加え

第二、被告人十二村は同年九月食糧庁より前記連合会に対し実需者向け輸入粗糖の割当を受け、同年十一月十一日野崎産業株式会社より濠洲産粗糖五百六十屯を斤当り三十三円八十銭で買受け、その頃被告人村上を介してこれを前記井筒商会に斤当り三十六円二十五銭で売渡し、右売買価格の差額二百十八万八千七百八十四円は売買差益金の政府納入にあてるため右井筒商会に寄託していたが右寄託金は差益金の徴収が行われないときは前記連合会に返還を受け前記連合会のために保管、使用すべき任務があるのに拘らず昭和三十一年三月下旬頃東京都千代田区神田旭町十番地前記連合会において、前記井筒商会取締役棚橋武郎より前記粗糖につき差益金の徴収が行われないことになつたので、右寄託金の処置につき指示を求められや、これを井筒商会に贈与すべき正当な理由がないのに、同商会の利益を図る目的をもつて自己の任務に背き即時右寄託を井筒商会に贈与し、もつて前記連合会に二百十八万八千七百八十四円相当の損害を加えたものである、というのであるが、前示のような理由により犯罪の証明がないので、刑事訴訟法第三百三十六条に則り被告人十二村、同村上に対し無罪を言い渡すこととし、主文のとおり判決する。

(岩田 司波 小林信)

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